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男坂
2006年05月31日

otokozaka.jpg
国分寺roofに立ち寄った後、車で稲田堤の自宅に帰るのに、おれはたいがい、多磨霊園横の抜け道を使う。そこには、小高い丘があり、その丘が以前から気になっていた。この辺だけでなく、東京はほとんどの場所が、宅地や公園、何らかの名目で木々が伐採され、このような雑木林の状態で留まっている事は稀だからだ。おれは遺跡ではないかと、直感が働いていた。
 
先日、分倍河原古戦場(鎌倉軍 対 新田軍)を訪ねたばかりで、府中もアナドレねえと思っていたので、車を止めて探索してみた。軽トラにいつも積んでいる折り畳み自転車で、坂道を急いで登って行った。忙しいのに、オレ何やってんだ?と思いながら。こんな暗いトコ徘徊してるの、変質者しかいねえよ、とも思った。汗だくになりながら走って、看板を発見。それをたよりに、人見何とか衛門という武士の墓発見! 他の看板で確かめたのだが、この丘のふもとの人見という場所は、南北朝の争乱の際、足利尊氏と新田兄弟が戦った場所らしい。おおー、と感動。府中は太平記の地味な部分の宝庫だぜ!!
 
結局、その丘に浅間神社があるんだけど、それが、雑木林のまま残されてる理由という事が判明。
帰りがけ、石碑を発見。男坂、とある。何かしら、心地よいこのヒビキの余韻を残し、家路を急いだ。

ANNEX内部
2006年05月29日

annexnaibu.jpg入り口以外は、ほぼ完成。右上は、アクリル板を使って明かり取りにしました。25平米以上あるよ。8月には完成させるので、オレがドイツに行ってる間、誰か借りてくれませんか?アーティストは勿論、それ以外で秘密基地が欲しい人でもいいですよ。    安いよ〜!   条件、詳細等については、メールで御質問下さい。

久保田組スタジオ全景

atorie1.jpgこれが、久保田組だ!  畑のど真ん中、手前のが道。左手に見える車を見れば、大きさがわかると思います。結構でかいでしょ。奥が本館、鉄や木を加工する所、現在二人の作家に貸してる。   わかりづらいかもしれないけど、右手前のが今建築中のANNEXだよ。ANNEXでは、塗装関係や平面の仕事、FRPの作業等をします。 新青梅街道から、車で一分、そんな山の中じゃない、畑の中だけど。

ANNEX建設状況4

今日は、福川君に内部の壁を白く塗ってもらいました。その間に、オレは、いろんなところからもらって来たアクリル板を壁の上部に取り付け、明かり取りにしました。彼は、金沢美大の学生なので、学生生活についていろいろ聞きながら、作業を続けます。こんな、蒸し暑いのにわざわざ、手伝いに来てくれて、本当に感動です。彼の最近の 学性生活 の話で盛り上がりながら、10歳も歳が離れている事に気付いて焦ってしまいました。同い年位の感覚だったのに。    できたてホヤホヤの、生々し過ぎな体験談ありがとう。初めてエロ本を見た時の様な気分になりました。今回の失敗を糧に突き進んでくれ。

写真は後ほど掲載。

大阪
2006年05月28日

三日前から、仕事で大阪に出張していまして、さっき帰ってきました。昼は仕事、夜は串揚げ(初めて食べた)で飲みまくりまして、幸せな日々を送りました。やめられませんね。一緒に行ったY田が吐きまくっていて笑えた。今日は、金沢から福川君(奈良出身)がANNEXの手伝いに来てくれるんで、楽しみです。大阪についていろいろ聞いてみよ。

サッシ君
2006年05月23日

sassi.jpg見よ、この勇姿。       

 ちなみに、昨日言ってたドアを、朝取りに行ったら、もう捨てられてた。店の人に聞いてみたら、てめー誰だ?って顔されちまった。オレが取りに来るの知ってて捨てやがったな。人を多摩川のルンペンと一緒にしてんじゃねーぞ。

ANNEX工事状況3
2006年05月22日

おれの家の近くに、総合建材屋があり、窓ガラスや、シャッター、木材等を売ってる。その前に、コンテナがあって、ゴミが捨ててある。何日も前から、まだ全然使えるアルミサッシが捨ててあるのが、とても気になっていた。新品で買ったら、3、4万はする代物。夜中に盗もうとも考えたが、もう32歳だし、やめようと思った。

朝、そこの会社の人に譲ってもらえるかどうか、聞いてみる事にした。だが、こういった場合、たいがい、不審な顔をされてしまう事が多い。だから、どこからどう見ても大工です、という格好に変身してから行ってみた。ねじり鉢巻までしていたから、間違いなく大工だ。

勝手に持ってけば、というようなつれない対応だったが、タダで手に入れる事に成功!それも、トタン張りの小屋には、全く意味のない二重ガラスだぜ!明日つけてみようと思う。

なんか、ドアもすててあった    つづく

古本
2006年05月20日

おれは、最近よく古本屋に出かける。9月からベルリンに住むので、そのための本をストックしておくためだ。外国では、大都市ならいいが、日本の本を現地で手に入れるのは難しい。パリにいた時は、ジュンク堂があったが、値段は、ほぼ二倍、手が出ない。

おれは、ほとんど時代小説しか読まない、というか読めない。どうも、他の物は生理的に受け付けない。その中でも、明治維新、戦国時代、南北朝の争乱の辺りの本ばかり。なんでこうなってしまったのかわからないが、相当偏っているのは間違いないだろう。

おれは、一度に三つ以上の事を考えると、とたんに憂鬱になる。
だから今夜は、かみさんが買ってきてくれたワンカップを飲んで、もう寝ようと思う。

久保田組スタジオ物語 第四章
2006年05月19日

武蔵村山という所は、市の中心地にも電車が来ていない。多摩都市モノレールが、立川から伸びてきているが途中で止まっていて、ここまで来るには、まだ十数年かかるんだろう。東京の中の孤島、ムサ村。オレが開拓している土地は、昔は家があって、登記簿にも宅地として登録されている場所なのだが、時が過ぎ、とんでもねぇ竹藪に変わってしまった。周りは畑に囲まれ、隣の農地を四駆で通らせてもらわなければ、歩いて入るしか方法が無い。まさに孤島。だから、ここは「孤島の中の孤島」(むさむらの人、おこらないで)。

どこでも同じと思うが、人々の交流が少ない地域では、考え方が保守的な人が多い。おれは、そんなところで、竹を伐り始めた。

いつも通り伐採の日々が続いていたが、オレの中では重大な問題が発生していた。それは、こともあろうに、一か月後に銀座で個展を開く事になっていたのだ。時間は無い、材料を買う金も、作品を作る場所も無い・・。知恵をしぼったあげく、数日前、卒業したばかりの大学の工房で、学生のふりをして制作をしていたら、当時の助手SB(死ね)にとても叱られてしまい、追い出された。  追いつめられたオレに、唯一残されたもの、それはやっぱり、竹。そしてこのありあまった体力。おれは、竹の根っこを作品にすることを思い立ち、竹伐りを竹の根掘りに変える事にした。これは、大自然とのタイマン勝負だ!気合いが入る。

ある日の午後の事だった。「すいませーん。」無心に竹を掘り続けるオレに、話しかけて来る人がいる。「近所の方から、竹藪にオウム真理教の人が来てると通報がありまして」と、警察官数人が近付いて来る。ピンチ。20分ほど職務質問をされてしまった。いろいろ聞かれたが、竹を掘っている理由について答えるのは難しかった。高校で非常勤講師をしてる事、水道屋の親方の土地だとか答えた後、彼等は帰って行った。おれが、オウムなわけ無えだろうと怒る。時間が経つにつれ、だんだん恐くなってきた。

オレをずっと見張ってるやつがいる、このまわりに・・・。よそから来た、見ず知らずの男が、竹を伐るのはまだしも、竹を掘り始めたのは、ヤツらにとっては、想像を超える行動だったようだ。

おれは見張られてる。              つづく


世界男根彫刻大会、待望のマンガ化決定!!!
2006年05月17日

5年程前、オレは先輩の吉岡さんと、男根彫刻のワールドカップ、「世界男根彫刻大会 in韓国」に日本代表として招待されました(証拠はポートフォリオの中で見て下さい)。三日間の凝縮された珍奇な経験を、久保田より久保田をよく知る男、奇才、よしおかしげと がマンガ化することが決定!!!
この秋公開予定。    あらかじめ、リンクの中の「ベース吉岡のフランス生活」を見ておけば、何倍も楽しめますよ。

そのときの写真
2006年05月16日

takeyabu1.jpg手にタケノコ、やせてる ・・・ (ヒガノへ 貴重な写真撮ってくれてありがとう)

久保田組スタジオ物語第三章

来る日も来る日も、オレは竹を伐り続けたが、いっこうに進んでいる感じがしなかった。5月のある日、ちょうど今くらいの季節、竹藪に足を運びオレは驚愕する。な、なんと、無数のバンブーチルドレン達(タケノコ)が何十本も、にょきにょきと伸びてきているではないか。一瞬、嬉しくなったけど、すぐ悲しみに変わった。こいつら、伐っても伐っても生えてきやがる。竹の生命力は半端じゃねえ。後で採って食おうと思いつつ、作業を続ける事にした。

作業後、先輩の吉岡さんが、オレが出た大学で助手をしてたんで、いつもタダ酒を飲ませてもらってるお礼に、大量のタケノコを食べさせてあげようと思い、研究室に行った。誰もいなかったので、流し台の下にある鍋で、勝手に20本分程のタケノコを茹でて待っていたら、しばらくして、教授とかと一緒に帰ってきた。オレは、(やべー奴まで来ちまった)と思いながら、『せんせいもどうぞ』と口走っていた。みんな、勝手な事をしているオレに苦笑い。せんせいは、一口食べて、「お・い・し・い」と確かに言ってた。後で知った事だが、タケノコはただ茹でただけでは食えない。米のとぎ汁とかで茹でて灰汁抜きしなければならない。おれは何も知らなかった。   春の思い出。

下部の水
2006年05月14日

今日はANNEXで作業をしたのだが、途中でインパクトドライバーのプラスのビット(つまり先っちょの部分)を誤って親指に突き刺し、肉をえぐってしまった。これは、やった事がある人なら分かると思うが、ビスや釘が刺さるより痛い。よく研いである鋭利な刃ではなく、刃こぼれした全く斬れない刀で怪力の人に思いきり殴られる様な感じ(わかるかな?)。とにかく、焦ったが、剥けた皮の部分を元の位置に戻しておいたら、血が止まった。

山梨に下部(しもべ)温泉という温泉がある。ここは信玄やその部下達が合戦の後、傷を直すために通った程、治癒効果があるらしい。数年前、私の兄(大工)が丸ノコで指を切り、医者に見放されたのだが、家に帰り、傷口をくっつけた状態で、一晩下部の水につけておいたら、朝くっついていた、と言っていた。まあ変わった人で、ある日、夜中に目が覚めた時、横にリトルグレイ(宇宙人)が立っていたと、真面目に言い張る様な男ですが・・・。家に、胃に良いといって、ポリタンク一つ分もらったのがあるんで、今晩私もやってみます。

国分寺Roof
2006年05月13日

昨日国分寺のカフェバーRoofに行きました。ハタ(マスター)と鹿之助(戦国時代マニアにはたまらない名前です)がやっている店で、旨い飯と酒を置いているのでちょくちょく通っています。酒は日本酒ばかりの私ですが、昨日はハタにいい酒を勧めてもらい、昼間からヤッてしまいました。名前は忘れたけど、泥炭の香がするスコッチウイスキーで、旨かったので二杯程もらった後、家に帰りました。

国分寺駅に向かう途中、小さい古本屋に入り、歴史小説を5冊買いました。なかなか見つからないシブイのが、ブックオフとかとは比較にならないくらいの安値で売っていました。これからもRoofに行った時は立ち寄ってみようと思います。

久保田組スタジオANNEX工事状況 2
2006年05月12日

atorie2.jpg
5月11日現在の状況   まわりにトタンを貼ろうと思っています。

久保田組スタジオ物語 第二章
2006年05月11日

早速、その武蔵村山の竹藪に行ってみました。しかし、そこには想像を絶する光景が広がっていました。直径10?以上はある孟宗竹が、半端でない密度でぎっしり生えていて、足を踏み入れるのもいやになるほどです。ホントにここ東京?と思いました。やるまえから、戦意喪失している自分に気が付くのに時間はかかりませんでした。

でも、ここで諦めてたら、マジでアーティストとしての自分に明日が無いことはわかってたんで、やるしかありませんでした。毎週日曜日に竹藪に来て開墾する日々が始まりました。オレの気に入ってた、STILのエンジンチェンソーは、3日でぶっ壊れ、手ノコとナタで木こりのように竹を伐って行きます。あまりの竹の多さに、作業ははかどらず、ノコを一回ひく度に5分程ただ立ち尽くし、ただボーっとしたり、こんなことまでして作品を作り続けることへの疑問もわきました。

そのころNHKでやってたプロジェクトXに出て来る人の気分になり、「風の中のすばる〜」と唱いながら、泣きそうになりながら作業を続けます。孤独です。つづく

久保田組スタジオ ANNEX 工事状況
2006年05月10日

本館とは別に、3年前に一人で単管を組んで、別館(そんなにデカくねーけど)を建てました。
しかし、重量物の置き過ぎで床がへこんでしまって、使い勝手が悪いので
直す事にしました。最近、仕事の合間にすこしづつ進めています。
今日で4日目くらいですが、単管に垂木を打ち付け、その上にコンパネを並べ固定しました。
今日は、防水塗料を塗ったので、床に関しては、ほぼ完成。

外壁が、今までシートでできていて、破れがすごいので、トタンに変える予定です。
誰か手伝ってくれないかな〜。いろいろ楽しいんだけどな。

久保田組スタジオ物語 第一章
2006年05月09日

私のアトリエは東京の武蔵村山にあります。大学を出たばかりの頃、制作場所が無くて困っている私を見かねて、当時働いていた水道屋の親方(大森壮一郎氏)が、持っている竹林を提供してくれました。

制作以外に生き甲斐や趣味と言える物が、古戦場めぐり、酒、オナニーくらいしかないので、作品を作って発表できない環境は、自分にとって相当辛い物だったし、何か虚無感を感じていて、ストレスが知らないうちに溜まっていたようです。仕事が終わった後、いつも親方が、飲みにつれて行ってくれるんですが、その日は特に私の目が、人を殺しそうなかんじだったらしく、竹藪の提供を考えてくれたみたいです。つづく